先週先々週の続きです。
ではラストを見ていきますかー。



ストア派(ストア哲学)とマインドフルネス

マインドフルネスは伝統的に仏教などの東洋哲学と結び付けられてきたが、その実践は西洋の伝統にとって特に目新しい物ではなかったとのこと。というのも、ストア派は、霊的訓練(魂の鍛練)なるものを行っていたんですな。
霊的訓練(魂の鍛練)ってのは、注意力の訓練でして、προσοχή=「今この瞬間への集中」又は「ストア派のマインドフルネス」と訳せるとのこと。「今この瞬間への集中」とか、マインドフルネスに非常によく似ていますね。
そんなストア派のマインドフルネスの例としては、マルクス・アウレリウス・アントニヌス自省録が参考になるとのこと。アウレリウスはこの著書の中で、

  • 他人の心の中にあるものを観察しないからといって不幸になる人はほとんどいない。しかし、自分の心の動きを観察しない人は必然的に不幸になるのだ

と書かれているんですな。自分自身の思考に注意を払わず、自分の心を知らない人は人生で満たされない運命にあるってことらしい。
また自省録は現代の治療日記の初期の例として読むこともできるとのこと。認知行動療法では、自分の思考を書き留めたり、行動パターンを振り返る日記をつけるように求められます。そして自分の考えや感情を記録することをアウレリウスは自省録としてやっているんですな。またこの書籍は名前の通り、自分自身への反省の振り返り記録なんで、人に伝えるのが目的でないんですよ。これらはストア派の規律である、反省⇔実践という本来の目的が反映されているんだとか。

次にマインドフルネスの実践から見てみます。
仏教ベースのマインドフルネスの実践は、基本的に身体感覚や呼吸に注意を向ける物が一般的でして、例えば呼吸瞑想ボディスキャン瞑想などですね。
対してストア派は、価値観やマインドフルネスの概念に沿った側面があるそうです。今この瞬間に注意を向け続けることで、意識的な認知と無意識的な認知=自動思考を明確に区別することができるとしたんですな。また、これらの実践は、意識的な認知ができるという自信、つまり認知における自己コントロール感を高め、苦痛の主な原因となることが多い自動思考に対して、より反応せず、距離を置くことができるようになるとのこと。
この辺もかな~り被っているけど若干の違いもあって面白いですね。

他にも勉強になる部分がありまして、エピクテトスのエンキリディオン(手引き・ハンドブック)にコントロールの二分法ってのが載っているんですな。
これは、

  • 自分でコントロールできること(τὰ ἐφ'ἡμῖν)
  • 自分でコントロールできないこと(τὰ ούκ ἐφ'ἡμῖν)

を明確に区別する考え方です。
そして自分でコントロールできることに集中し、自分でコントロールできないことのストレスを減らしていこうって考え方なんですな。

またアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)脱フュージョンも、エピクテトス自身の実践に見られるんだとか。脱フュージョンを行うために、思考に対して他人に話しかけるように話しかけるといったテクニックがありますが、これと同じような事をしていたとのこと。エピクテトスは弟子たちに、苦痛な思考に対して、「あなたは単なる印象であって、あなたが主張するようなものでは決してない」と呼びかけるように伝えていたらしい。
これらを見てもベースになっていると実感できますね~。



個人的考察

最後に研究者は以下のようなことをおっしゃっておりました。

  • ストア哲学に基づく心理療法が、エビデンスベースの臨床ガイドラインに広く取り入れられていることは、驚くべきことではない。(中略)時を超えて存続してきたこれらの技法、そして東洋の伝統の中で発展してきた原理との驚くべき類似性は、これらの技法が人間の本質を深く掘り下げていることの更なる証拠と言えるかもしれない。

古今東西の違いやアプローチの違いはあれど、向かった先がかなり似ているってのは本当に面白いし、人間の本質ってのがこの辺にあるのかしらと思いますな。
まぁ、個人的にはどちらが先か後かは問題じゃなくて、テクニックとして使えるか使えないかが大事だと思っておりますので、仏教・ストア哲学、しっくりくる方の考え方をベースにしていくのがよろしいのかな~と思っております。



参考文献