【まとめ】ストア派(ストア哲学)ってなに?認知行動療法とマインドフルネスとの関係を見てみる!
その中で、ストア派(ストア哲学)ってのが出てきたと思います。今回はこのストア派(ストア哲学)ってなに…?ってのを見つつ、更に認知行動療法とマインドフルネスとの関係をまとめてくれたレビュー論文を見てみましょう。
ストア派(ストア哲学)ってなに…?認知行動療法とマインドフルネスとの関係を見てみる…!
2023年のバーミンガム大学のレビュー論文によると、ストア派(ストア哲学)と認知行動療法・マインドフルネスとの関係についてまとめてみたそうです。
ストア派(ストア哲学)の歴史と、ストア派(ストア哲学)ってなに…?って話
そもそもストア哲学ってのは、ギリシャとローマで始まったものでして、名前の由来はアテネの中央広場を見下ろすコロネード「ποικίλη στοά」(「ストア・ポイキレ」)なんだとか。
その始まりは、商人から哲学者となったキティオンのゼノン(紀元前334~262年)がストア・ポイキレで弟子たちに教えたのが始まりらしい。だからストア派(ストア哲学)なんですな。そしてゼノンはソクラテスの教えに触れているんで、ソクラテスの哲学がその基となっております。余談ですが、ソクラテスは文字や文書嫌いで著書は一つもないんですよ。なんで全て弟子たちが残したものから、ソクラテスの考えが今に伝わっていたりします。
そんなストア派の哲学者はざっくり3段階に分かれるとのこと。
- 第1段階(初期ストア期):創始者キティオンのゼノン・アッソスのクレアンテス(紀元前330~230年)・ソロイのクリュシッポス(紀元前279~206年)
- 第2段階(中期ストア期):ロドスのパナイティオス(紀元前185~109年)・アパメイアのポセイドニオス(紀元前135~51年)。ストア派の教えをローマに導入した。
- 第3段階(後期ストア期・ローマストア):ルキウス・アンナエウス・セネカ(紀元前4~65年)・エピクテトス(紀元前50~135年)・ムソニウス・ルフス(紀元前25~95年)
因みに第1段階と第2段階で活躍した哲学者の著書ってのは断片しかないらしく、第3段階になって、ようやく今日まで伝わる完全な著書が残っているらしい。
この辺は個人的にちょっと面白かったんで、レビュー論文に載っていたところを引用しておきますね。
【ギリシャとローマのストア派の主要な哲学者の年表と現存する著作(断片・抜粋を除く)】
- ギリシャのストア派(初期ストア派と中期ストア派)
- キティオンのゼノン(紀元前334~262年):なし…!
- アッソスのクレアンテス(紀元前330~230年):なし…!
- ソロイのクリュシッポス(紀元前279~206年):なし…!
- タルソスのゼノン(紀元前?~180年):なし…!
- バビロンのディオゲネス(紀元前230~142年):なし…!
- タルススのアンティパトロス(紀元前200~129年):なし…!
- ロドスのパナイティオス(紀元前185~109年):なし…!
- ローマのストア派(後期ストア派)
- ルキウス・アンナエウス・セネカ(紀元前4~65年):エッセイと手紙…!
- ムソニウス・ルフス(紀元前25~95年):講演(弟子たちが記録を集めてまとめた物)
- エピクテトス(紀元前50~135年):エンキリディオン(手引き・ハンドブック)と講話(弟子たちが記録を集めてまとめた物)
- マルクス・アウレリウス・アントニヌス(121~180年):自省録
次にストア派のポイントを見てみましょう。
ざっくりいうとストア哲学のポイントは以下の2点とのこと。
- 自然に従って生きる:自然ってのは運命のことでして、要は苦難や災難など様々な出来事のこと。これらに従って生きるってのは、様々な出来事が起きても理性に従い感情に惑わされず、落ち着いた心で受け入れるのが重要ってことですな。
- アレテー(ἀρετή):アレテーってのは美徳のことでして、人間の美徳とは、生まれながらの理性的な能力に従って行動することを言うそうです。そしてストア派の言う美徳とは、知恵、勇気、正義、節制(自制心)のことでして、これらを持って生きることが、最も自然に従って生きることにつながると考えていたんですな。そのため行動の指針として美徳(理性)を使うことが唯一の善とされ、そうしない場合が唯一の悪となるとのこと。因みにその間は「無関心なもの」らしく健康や富、評判などがその例なんだとか。
ストア派(ストア哲学)と認知行動療法
ストア哲学は、認知行動療法の哲学的基礎として明確に認められているそうです。
論理情動行動療法(REBT)の創始者であるアルバート・エリスはその著書の中で、
論理情動行動療法(REBT)の創始者であるアルバート・エリスはその著書の中で、
- エピクテトスについて、驚くほど賢明なストア派哲学者であり、約2000年前に、人は他人の不快な行動に過剰反応することを自ら選択しているが、より賢明な方法で全く異なる反応をすることもできる
と紹介しているんですな(論理情動行動療法は第二世代の認知行動療法の基礎となる心理療法で認知療法のABC分析(ABC理論)が代表的な理論だったりする)
そしてエピクテトスは、エンキリディオン(手引き・ハンドブック)の中で以下のことを記しているそうです。
そしてエピクテトスは、エンキリディオン(手引き・ハンドブック)の中で以下のことを記しているそうです。
- 人は事物ではなく、事物に対する見方によって動揺する。
いや~第二世代の認知療法の考え方とめっちゃ同じですねー。
またエリスは1962年の著書にて、心理療法における新たな認知的アプローチ(=第二世代の認知行動療法)の中心的前提は古代ストア派に遡ることができると強調しております。更にストア哲学が第二世代の認知行動療法の創始者であるアーロン・T・ベックに影響を与えたのは、主にエリスの著書を通してなんだとか。
そのため、ベックも1976年の著書の冒頭で、
またエリスは1962年の著書にて、心理療法における新たな認知的アプローチ(=第二世代の認知行動療法)の中心的前提は古代ストア派に遡ることができると強調しております。更にストア哲学が第二世代の認知行動療法の創始者であるアーロン・T・ベックに影響を与えたのは、主にエリスの著書を通してなんだとか。
そのため、ベックも1976年の著書の冒頭で、
- 認知行動療法の哲学的基礎は数千年、つまり出来事そのものではなく出来事に対する人間の概念(または誤解)が感情の動揺の鍵であると考えていたストア派の時代にまで遡る
としていたり、1979年の「Cognitive Therapy of Depression」の中でも、認知療法の哲学的基礎についてストア派の哲学者の名前を上げたり、エピクテトスのエンキリディオンを引用していたりするとのこと。
つまりアルバート・エリスとアーロン・T・ベックは、二人ともストア哲学が基になっていると明確に認めているそうです。
ストア派(ストア哲学)とマインドフルネス
マインドフルネスは伝統的に仏教などの東洋哲学と結び付けられてきたが、その実践は西洋の伝統にとって特に目新しい物ではなかったとのこと。というのも、ストア派は、霊的訓練(魂の鍛練)なるものを行っていたんですな。
霊的訓練(魂の鍛練)ってのは、注意力の訓練でして、προσοχή=「今この瞬間への集中」又は「ストア派のマインドフルネス」と訳せるとのこと。「今この瞬間への集中」とか、マインドフルネスに非常によく似ていますね。
そんなストア派のマインドフルネスの例としては、マルクス・アウレリウス・アントニヌスの自省録が参考になるとのこと。アウレリウスはこの著書の中で、
- 他人の心の中にあるものを観察しないからといって不幸になる人はほとんどいない。しかし、自分の心の動きを観察しない人は必然的に不幸になるのだ
と書かれているんですな。自分自身の思考に注意を払わず、自分の心を知らない人は人生で満たされない運命にあるってことらしい。
また自省録は現代の治療日記の初期の例として読むこともできるとのこと。認知行動療法では、自分の思考を書き留めたり、行動パターンを振り返る日記をつけるように求められます。そして自分の考えや感情を記録することをアウレリウスは自省録としてやっているんですな。またこの書籍は名前の通り、自分自身への反省の振り返り記録なんで、人に伝えるのが目的でないんですよ。これらはストア派の規律である、反省⇔実践という本来の目的が反映されているんだとか。
次にマインドフルネスの実践から見てみます。
対してストア派は、価値観やマインドフルネスの概念に沿った側面があるそうです。今この瞬間に注意を向け続けることで、意識的な認知と無意識的な認知=自動思考を明確に区別することができるとしたんですな。また、これらの実践は、意識的な認知ができるという自信、つまり認知における自己コントロール感を高め、苦痛の主な原因となることが多い自動思考に対して、より反応せず、距離を置くことができるようになるとのこと。
この辺もかな~り被っているけど若干の違いもあって面白いですね。
他にも勉強になる部分がありまして、エピクテトスのエンキリディオン(手引き・ハンドブック)にコントロールの二分法ってのが載っているんですな。
これは、
- 自分でコントロールできること(τὰ ἐφ'ἡμῖν)
- 自分でコントロールできないこと(τὰ ούκ ἐφ'ἡμῖν)
を明確に区別する考え方です。
そして自分でコントロールできることに集中し、自分でコントロールできないことのストレスを減らしていこうって考え方なんですな。
またアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)の脱フュージョンも、エピクテトス自身の実践に見られるんだとか。脱フュージョンを行うために、思考に対して他人に話しかけるように話しかけるといったテクニックがありますが、これと同じような事をしていたとのこと。エピクテトスは弟子たちに、苦痛な思考に対して、「あなたは単なる印象であって、あなたが主張するようなものでは決してない」と呼びかけるように伝えていたらしい。
これらを見てもベースになっていると実感できますね~。
個人的考察
最後に研究者は以下のようなことをおっしゃっておりました。
- ストア哲学に基づく心理療法が、エビデンスベースの臨床ガイドラインに広く取り入れられていることは、驚くべきことではない。(中略)時を超えて存続してきたこれらの技法、そして東洋の伝統の中で発展してきた原理との驚くべき類似性は、これらの技法が人間の本質を深く掘り下げていることの更なる証拠と言えるかもしれない。
古今東西の違いやアプローチの違いはあれど、向かった先がかなり似ているってのは本当に面白いし、人間の本質ってのがこの辺にあるのかしらと思いますな。
まぁ、個人的にはどちらが先か後かは問題じゃなくて、テクニックとして使えるか使えないかが大事だと思っておりますので、仏教・ストア哲学、しっくりくる方の考え方をベースにしていくのがよろしいのかな~と思っております。
参考文献
リンク
