今回は、精神障がい全体や各診断の平均寿命について調べた超大規模研究を見てみましょう。



347億人以上を対象に精神疾患を持つ方の平均余命と損失生存可能年数を網羅的に調べてみた…!

2023年の香港大学の研究によると、精神疾患を持つ方の寿命について系統的レビューとメタ分析を行ってみたそうです。
そもそも2022年の世界の疾病負担研究(GBD)によれば、2019年には世界中で9億7000万人(8人に1人)が精神疾患に苦しんでいると推定されているそうな。つまりそれほど世界的に見て精神疾患は主な疾病の一つってことですね。
そして様々な先行研究により精神疾患を持つ方の死亡率は一貫して高くなっておりまして、全体的に一般人口よりも早期死亡リスクが2~3倍高いらしい。その主な原因は自殺とのことですが、他にも身体的な疾患によるところも大きいんだとか。また死亡率の差はここ数十年にわたって横ばいか増加傾向にあるみたい。
ただその全容が明らかになっていないのも事実でして、今回、全ての精神疾患や特定の精神疾患を持つ方の寿命について調べてみることにしたんだとか。
ということでこれから具体的な研究を見ていきますが、まずは寿命研究で出てくる各用語についてチェックしておきましょう。

  • 標準化死亡比(SMR):全体的な死亡率と特定の年齢を調整したうえでの死亡率がどの程度違うかを示している。例えば一般人口のSMRを100とした時、精神疾患の方のSMRが150なら死亡率が50%高い、逆に精神疾患の方のSMRが70なら死亡率が30%低いって感じ。
  • 平均余命:あと何年生きるか予想される年数。
  • 損失生存可能年数(YPLL):一般人口の平均寿命と対象疾患を持つ方の平均寿命の差から失われた寿命(本来生きられたであろう寿命)の年数。

今回は上記の平均余命と損失生存可能年数をチェックしたそうです。
まず研究者たちは、2023年7月31日までに発表された該当する研究をEmbase、MEDLINE、PsycINFO、Web of Science、コクランで検索してみたそうな。すると合計35,865件もの研究がヒットしたとのこと。続いてこれらの研究を基準に従い精査、最終的に109件の研究にまで絞り込んだらしい。
次にこの109件の研究のサンプル数を見ていきますが、兎に角数がデカいんですよ。

  • 精神疾患を持つ方の総サンプル数:12,171,909人(1,200万人以上)
  • 一般人口や精神疾患のない方、特定の精神疾患のない方の総サンプル数:34,724,535,980人(347億2400万人以上)
  • 気分障害(うつ病、双極性障害を含む)の総サンプル数:3,912,695人
  • 重度の精神疾患(統合失調症、双極性障害を含む)の総サンプル数:3,407,306人
  • うつ病(大うつ病)の総サンプル数:2,863,936人
  • 統合失調症の総サンプル数:2,873,114人
  • 神経症性障害(パニック障害や強迫性障害、不安障害、解離性障害など)の総サンプル数:1,202,764人
  • 物質使用障害(アルコールや薬物なんかの依存症)の総サンプル数:1,097,789人
  • パーソナリティ障害(人格障害)の総サンプル数:667,263人
  • 行動障害の総サンプル数:208,088人
  • 双極性障害の総サンプル数:203,548人
  • 発達障害の総サンプル数:106,928人
  • 摂食障害(過食症や拒食症)の総サンプル数:89,841人
  • 認知症の総サンプル数:17,308人

これだけ大規模且つ網羅的に調べてくれたのは大変ありがたいですね。感謝感激。
因みに世界中の国や地域から研究は選ばれておりまして24か所とのこと。また日本の研究も2件選ばれておりました。
それと追跡期間の幅は1年から36年の間でして、

  • 1年から5年:24件
  • 5年から10年:31件
  • 10年以上:62件

って感じ。10年以上が多くこちらもありがたいですね。

では結果を見てみましょう。
精神疾患の平均余命と損失生存可能年数は以下のようになっておりました。

【精神疾患・精神障害全体】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:63.85歳:14.66年
  • 女性:68.24歳:13.14年
  • 男性:60.98歳:14.94年

【認知症】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:75.40歳:8.58年
  • 女性:76.53歳:9.88年
  • 男性:74.96歳:8.86年

【物質使用障害】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:57.07歳:20.38年
  • 女性:59.56歳:18.37年
  • 男性:53.70歳:18.62年

【重度の精神疾患】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:65.10歳:14.22年
  • 女性:69.07歳:12.83年
  • 男性:61.84歳:14.43年

【統合失調スペクトラム症】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:63.70歳:15.37年
  • 女性:68.15歳:13.87年
  • 男性:60.92歳:15.84年

【統合失調症】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:63.66歳:15.22年
  • 女性:69.22歳:13.11年
  • 男性:61.69歳:14.96年

【気分障害】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:64.03歳:12.79年
  • 女性:68.99歳:10.63年
  • 男性:61.12歳:12.77年

【双極性障害】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:67.30歳:12.47年
  • 女性:70.57歳:11.29年
  • 男性:64.80歳:11.63年

【うつ病】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:61.94歳:12.80年
  • 女性:67.34歳:10.68年
  • 男性:58.95歳:13.45年

【神経症性障害】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:69.51歳:8.83年
  • 女性:73.56歳:7.88年
  • 男性:64.70歳:10.26年

【摂食障害】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:該当なし:16.64年
  • 女性:該当なし:該当なし
  • 男性:該当なし:該当なし

【パーソナリティ障害】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:63.51歳:15.35年
  • 女性:66.90歳:13.30年
  • 男性:60.12歳:15.52年

【発達障害】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:該当なし:12.72年
  • 女性:該当なし:該当なし
  • 男性:該当なし:該当なし

【行動障害】
  • 項目:平均余命:損失生存可能年数
  • 全体:該当なし:8.54年
  • 女性:該当なし:該当なし
  • 男性:該当なし:該当なし

では、平均余命なら見えてきた情報を下記にまとめてみます。

  • 精神疾患・精神障害全体の平均余命は63.85歳だった。うち女性は68.24歳、男性は60.98歳だった。
  • 高齢になってから発症する認知症を除いた場合、神経症性障害の方が最も平均余命が長かった(69.51歳)
  • 次が双極性障害(67.30歳)、統合失調スペクトラム症(63.70歳)だった。
  • 物質使用障害の方が最も平均余命が短かった(57.07歳)

次に平均余命の研究のその他の情報です。

  • 地理的に最も平均余命が短かったのは南米(47.27歳)だった。
  • 次がアフリカ(49.25歳)だった。
  • 他の4大陸(アジア、オーストラリア、ヨーロッパ、北アメリカ)の平均余命は62〜69歳で同じぐらいだった。
  • 精神疾患を持つ方の平均余命は、2001年以前が59.86歳と最も低かった。次が2001〜2010年の64.71歳、2010年以降の72.46歳だった。
  • つまり、平均余命は時代とともに長くなっていた。
  • 重度の精神疾患と統合失調スペクトラム症の平均余命は2001〜2010年から2010年以降にかけて有意に増加していた。

続いて、損失生存可能年数なら見えてきた情報を下記にまとめてみます。

  • 精神疾患・精神障害全体の損失生存可能年数は14.66年だった。うち女性は13.14、男性は14.94だった。
  • 物質使用障害の方が最も損失生存可能年数が高かった(20.38年)
  • 次が摂食障害(16.64年)、統合失調スペクトラム症(15.37年)、パーソナリティ障害(15.35年)、うつ病(12.80年)、発達障害(12.72年)、双極性障害(12.47年)だった。
  • 神経症性障害(8.83年)、認知症(8.58年)、行動障害(8.54年)の方は比較的損失生存可能年数が少なかった。

最後に損失生存可能年数の研究のその他の情報です。

  • 地理的に最も損失生存可能年数が高かったのはアフリカ(28.40年)だった。
  • 次が南米(27.64年)で、あらゆる精神疾患の方の損失生存可能年数が高かった。
  • 他の4大陸(アジア、オーストラリア、ヨーロッパ、北アメリカ)の損失生存可能年数は12〜16年で同じぐらいだった。
  • 精神疾患を持つ方の損失生存可能年数は、2001年以前が17.08年だった。
  • 精神疾患を持つ方の損失生存可能年数は、2001〜2010年が13.36年だった。
  • 精神疾患を持つ方の損失生存可能年数は、2010年以降が15.74年だった。
  • 精神疾患を持つ方の自然死における損失生存可能年数は、4.38年だった。
  • 精神疾患を持つ方の自然死以外における損失生存可能年数は、8.11年だった(自殺は8.31年だった)

なかなかショッキングな数字が並んでおりますが、これが結果なんで仕方ないですね。
これら全てから言えることは、

  • 精神疾患は、平均寿命の大幅な短縮と関係していた
  • 精神疾患を持つ方は一般人口に比べて平均余命が短く、失われた寿命は14.7年だった
  • 但し、精神疾患を持つ方の平均余命は時代とともに長くなっていた
  • 特に、統合失調スペクトラム症(≒統合失調症)の平均寿命は大幅に延びていた

のようになりましょう。



個人的考察

確かに精神障がいは平均寿命を短くしているけど、精神障がいの医療全般の改善や早期治療の改善、新しい治療戦略の開発が確実にプラスの影響をもたらしているみたいですね。



参考文献