認知行動療法を一から学ぼう!その7「メタ認知療法」
毎月恒例の月1社内研修が令和4年2月15日にありましたので、内容を備忘録としてブログに残しておきます。今回は諸事情により「認知行動療法を一から学ぼう!その7「メタ認知療法」」を先に社内研修で行うことになりました。あらかじめご了承ください。
過去の社内研修内容を確認したい場合は下記からご覧ください。
1. メタ認知療法(MCT)
メタ認知療法(MCT)は、エイドリアン・ウェルズが注意、自己注目(自分に注意が向き過ぎること)、メタ認知の認知心理学的研究に基づいて開発した認知療法的介入体系のことである。メタ認知療法では自動思考を問題と捉えていない。認知療法は自動思考を問題としモニタリング、変えていくことを目標にしていたが、知覚の一つ(六根の一つ)であり内容を変えることはできないため(無我)である。そもそも変える必要もないとした。
自動思考はメタ認知的信念によってコントロールされている一部の為、大本であるメタ認知的信念、メタ認知的要因の方を変える必要があると考えたのがメタ認知療法の基本的な考え方である。メタ認知療法はメタ認知の内容を変える認知行動療法であり、特にネガティブなメタ認知的信念に直接介入するのはメタ認知療法だけとなっている。
2. メタ認知
メタ認知とは、認知に適用される認知・認知の認知・認知の客観的認知・認知の客観視のことである。メタ認知は更に、メタ認知的知識、メタ認知的経験、メタ認知的方略に区別されている。- メタ認知的知識=心配する事(例:この状況を乗り切るためには、心配する(認知)ことが必要(知識)だ)。メタ認知的信念はここに含まれる。
- メタ認知的経験=すでに知っている事(例:なんかこの感じは知っているな~と感じること)
- メタ認知的方略=対策方法の事(例:思考をコントロールし信念を守るための方法)
メタ認知療法では対象モードとメタ認知モードを区別しているのも特徴の一つである。
3. 自己調節実行機能(S-REF:エスレフ)モデル
自己調節実行機能(S-REF:エスレフ)モデルとは病理的な認知プロセスの事を言う。自己注目の概念から発展してきたモデル(自己注目をしているときに心の中で何が起こっているのかをモデル化したもの)であり、3階層で働いている(下記画像参照)。自己調節実行機能モデルに良いも悪いもなく、ポジティブ、ネガティブと言う必要もない。自己調節実行機能(S-REF:エスレフ)モデルの3階層は、
- メタ・システム(長期記憶)
- 認知スタイル(反芻思考や心配はここで起こる)=狭義のS-REF
- 下位レベルの情報処理(色々なところから入ってくる入力信号を捉えるレベル(下位レベル)の情報処理。入力には外から入ってくるもの、内から(身体から)入ってくるものがある)
からなる。
3階層の理由は、生きていくには外から情報を取り入れなければいけない(下位レベルの情報処理)、学習したり本能的に知っていることをどこかに保存しておかなければいけない(メタ・システム)、それら2つを照らし合わせて最適な自分を作り出さなければいけない(認知スタイル)ためである。このことから認知スタイルが重要となる。中間の階層である認知スタイルが上手く働かないとうつ病や不安障がいになっていく。つまり、狭義のS-REFが病理的になっているとうつ病や不安障がいにつながっていく。
4. 認知注意症候群(CAS:キャス)
狭義のS-REFが病理的になった状態のことを認知注意症候群(CAS:キャス)という。また、自己調節実行機能(S-REF:エスレフ)とは自己注目を拡張した概念であり、これが病理的になると認知注意症候群(CAS:キャス)となる。認知注意症候群(CAS:キャス)は、脅威刺激への注意バイアス、心配や反芻という反復的思考、回避行動や思考抑制などの役に立たない対処行動の3つで構成されている。脅威刺激への注意バイアスとは、脅威モニタリング(不安障がいであれば危険を探す、うつ病であれば自分の評価を落とすようなものをあえて探すなど)のことを言う。また、心配や反芻という反復的思考とは、反芻思考(過去の後悔)や心配のループ(未来の不安)のことを言う。
CASの状態の例として、社交不安障がいの人は人前で話をするときに首をひねっている人やニヤニヤしている人にばかり注意がいってしまい、ちゃんと聞いてくれている人や頷いている人、特徴がない人が目に入らなくなってしまうことがある(脅威モニタリング)。このように自分を緊張させるものばかり目に入ってくるときに使うのが状況への再注意法(≒注意の分割)である。状況への再注意法とは、視野を広げ、話をしている場所の広さや人数、男女比、服装の色、温度、風、音など自分にとって危険な物だけではなく色々な情報を(関係ない情報なども)捉えるようにしていくことである。
5. ディタッチド・マインドフルネス(DM)
ディタッチド・マインドフルネス(DM)とは、距離を置いた注意深さのことを言う。- ディタッチド(ディタッチメント)=モニタリングした結果の反応について距離を置くこと、メタ認知的な視点を持つこと。アクセプタンスと共通点がある
- マインドフルネス=モニタリング(観察)そのもの。気付きの意味で、今この瞬間をとらえる気付きのことを言う
病理的なのがCASだが病理的である必要はないと考えたのがディタッチド・マインドフルネス(DM)であり、病理的ではなく自己に目を向けていても(内的注意・自己注目していても)、健康的に正常な情報処理をするのが可能ではないか、それはどのような状態なのかを考えて定式化したのがディタッチド・マインドフルネス(DM)である。
CASとDMの違いは下記のようになり、メタ認知療法の目標はCASからDMへ変化させることである。
ディタッチド・マインドフルネスは繰り返し訓練するよりも、体験的理解を得ることを重視する。つまり、練習するものではなくそのような心のモードがあることに気付いてもらえればOKとなる。
ディタッチド・マインドフルネスを体験する方法はいくつかあり、最も分かりやすいのが自由連想タスクである。
自由連想タスクとはいくつかの単語を読み上げてもらい、その単語を聞いたときに心がどのような反応をするのかを観察することができるかという練習である(詳しくは下記画像参照)。病気の種類によって感じられるものが違う。
自由連想タスクとはいくつかの単語を読み上げてもらい、その単語を聞いたときに心がどのような反応をするのかを観察することができるかという練習である(詳しくは下記画像参照)。病気の種類によって感じられるものが違う。
6. ディタッチド・マインドフルネスとマインドフルネス認知療法の違い
ディタッチド・マインドフルネスとマインドフルネス認知療法との違いは大きく2つある。一つは、マインドフルネス認知療法には法則性(無常・苦・無我)に気付くこと、深く理解する事(智慧)を目的にしていたが、ディタッチド・マインドフルネスにはそれがない。
もう一つの違いは視点の場所が違う(詳しくは下記画像参照)。マインドフルネス認知療法は視点が自分の中心にあり、私的環境、公的環境を問わず注意が外に向かっていく。ディタッチド・マインドフルネスは視点が自分の中と外の境界線にある。自己注目を病理的な状態でない状態(CASでない状態)で行うため、自己の内側に注意が向かう。
7. 注意訓練(注意トレーニング・ATT)
DMや状況への再注意法と違い、繰り返し練習できる方法として、注意訓練(注意トレーニング・ATT)がある。注意訓練(注意トレーニング・ATT)とは、下位処理ユニットとの相互情報処理に介入し、中性の音刺激を用いて(自己注目にならないようにする。自分の中の刺激は使わない)、注意コントロールを直接的に訓練する方法である。注意訓練を実際に行う時は生活音を使い、3ステップで行っていく。具体的な方法は以下の通りとなる。- 1つの環境音に6分間注意する(選択的注意=注意の持続)
- 環境音を2つ選んで30秒ごとに切り替える事を6分間行う(注意の転換)
- 2つの環境音を同時に注意して3分間聞く(注意の分割)
上記を1日2回行う。
つまり、1日15分×2セットを行うと良い。
また、病気によって苦手なステップが異なり、
- 注意の持続:うつ病の人が苦手(うつ病の人が新聞を読めなくなるのはこのため)
- 注意の転換:強迫性障害(OCD)の人、ADHDの人、社交不安障がいの人が苦手
- 注意の分割:不安障がいの人、社交不安障がいの人が苦手
と言う事。
希望的観測としては、上記の訓練を積めば症状の改善につながるかもしれない。
注意訓練(注意トレーニング・ATT)はネガティブ思考を制御する(対処する、避ける)ものではないので注意が必要である。落ち込みや不安を紛らわすための物ではなく、注意の基礎力(柔軟性)をアップさせるのが目的であり、避けようとするとCASが働き逆効果となる。
マインドフルネス認知療法は呼吸による身体感覚の変化を使うので自分の中の刺激を使う。そして、エイドリアン・ウェルズは身体の情報(自分の中の刺激)を使うと一歩間違えれば自己注目になると考えた。そのため、はっきりとした外の情報を使うようにした。但し、熊野先生曰く、日本人には外の音も身体の情報も変わらないような気がするとのこと。
8. メタ・システム、メタ認知的信念、メタ認知的プラン
メタ・システムへの介入にはメタ認知的信念への介入とメタ認知的プランへの介入の2つがある。(1) メタ認知的信念
メタ認知的信念には、ポジティブなメタ認知的信念とネガティブなメタ認知的信念の2つがある。更に障がいによってネガティブなメタ認知的信念には違いがある。
- 強迫性障害(OCD):思考は事実と同じぐらい重要だと思っている(例:あいつを殺してやれと思っただけで、実際殺したこととイコールになる)
- PTSD:記憶は事実と同じぐらい重要だと思っている(例:昔の体験を思い出しているだけなのにいつになったらなくなるのか、また思い出してしまった、自分ではなくなってしまったんだと考えてしまう)
(2) メタ認知的プラン
メタ認知的プランとは、クライエントが自らの状態をどのように捉え(モデル)、ポジティブ・ネガティブなメタ認知的信念に基づいて、どのように対処しようとするかというアクション・プランの事を言う。介入の最後に新旧対応表を作成して、振り返りや再発防止に役立てる。
9. ネガティブ・ポジティブなメタ認知的信念への介入方法
メタ認知的信念への介入はネガティブなメタ認知的信念から扱う(明示的に扱うのはメタ認知療法のみ)。具体的な介入方法は下記となる。- 支持する根拠と反する根拠を話し合う(言語的再帰属):反芻思考が止まらないときに本当に止まらないのか、急に電話がかかってきても止まらないのか、電話に出ないのかなどを話し合う。
- 心配・反芻の先延ばし:1日の遅い時間に15分程度心配・反芻をするための時間を設定する、5分後悩む、1日で心配する時間を事前に決めておき、その時しっかり心配しようという方法。寝る前にエクスプレッシブライティングをすることをおすすめする理由も同様となる。かなり使えて効果も高い。これが出来たら心配や反芻をコントロールできているということになる。
- コントロール喪失実験:心配時間を設けて、心配をしてコントロールできない状態になってもらう方法。以前に「中途半端に考えるな!しっかり考えろ!っておはなし」で紹介した方法。
ポジティブなメタ認知的信念の具体的な介入方法は下記となる。
- 言語的再帰属:ずっと反芻してきて、落ち込んだままか、役立っているかなどを話し合う。
- 利点-欠点分析:利点よりも欠点が多くないかを検討する。
- 心配・反芻調整実験:心配・反芻をする日、しない日を比較してもらう。
10. 各障がいの介入方法
障がいによって、介入する方法の順番が異なる。- うつ病(大うつ病(だいうつびょう)):反芻している自体に対するメタ認知的気づきが弱いので注意トレーニング(注意訓練・ATT)から行う。その後、ディタッチド・マインドフルネスも行う。大うつ病に対してメタ認知療法の効果が大きい、早いのは二重に介入しているからである。一つは認知療法的にトップダウンのところにメタ認知的信念を変えるという方法で介入しているから。もう一つは認知機能と言われる基礎的な能力に介入しているから。
- 強迫性障害(OCD)・PTSD:対象モード(思考や記憶は現実と区別されない)状態であるためディタッチド・マインドフルネスから始める(メタ認知的に捉えられることを知ってもらう)。エクスポージャー(暴露療法)は、CASの中断か、思考や記憶と現実の違いを理解するための短時間で良い。つまり考えている事と事実が違うことを気が付いてもらうために実際の題材を使うのが目的のため5分ぐらいあれば十分となる。
- 全般性不安障害:心配について心配するため雪だるま式に大きくなる。介入は心配についてのネガティブな信念を見つけるために「最悪のシナリオ」を聞くと良い(ここは「ポジティブシンキングの罠」や「WOOP」と同じ。因みに心配の97%は取り越し苦労なんて研究もあったりする)。トリガー(ふっと思う心配)にディタッチド・マインドフルネスを適用し、先延ばしする(先延ばしは兎角嫌われがちだが中には有効な先延ばしも存在する)
11. 心配や反芻を生み出す脳の働き・デフォルトモードネットワークとマインドワンダリング
心配や反芻を生み出す脳の働きは、デフォルトモードネットワークが関わっている。前頭葉の内側面と頭頂葉の内側面にデフォルトモードネットワークのセンサーがあり、ここが働くと心配や反芻が強くなる。そして、デフォルトモードネットワークが起動するとマインドワンダリングが起きる(色々なことが浮かんでくる状態のこと=思考が遊びだす状態のこと。いわゆる「心ここにあらず」な状態のこと)。マインドワンダリングがネガティブになっていくのが反芻や心配である。うつ病の人のようにマインドワンダリング状態に自然になることがある人はデフォルトモードネットワークが小さいという研究結果もある。
この働きはマインドフルネスの練習や注意トレーニングなどで抑えられる。
個人的考察
以上、「メタ認知療法」でした…!
是非、自分や支援で実践し、結果を実践報告書にまとめてみてください。
それと残念な話を一つ。この「メタ認知療法」を学ぶ上で非常に役立つ書籍「メタ認知療法 うつと不安の新しいケースフォーミュレーション」なんですが、訳本の関係上、再販が難しく、絶版になってしまったそうです(詳しくは下記の熊野先生のツイッターを参照してください)
残念ながら、訳本の出版の仕組み上、当方が数百万円の出費をしないと、再版できないことが分かりました。この本は、わが国の認知行動療法の今後の発展のために、必須の本だと確信していますので、こちら(https://t.co/Ekl62Ogb3t)から閲覧可能にしたいと思います。良識ある活用をお願いします。 https://t.co/wn3FrUHWuc
— 熊野宏昭 (@hikumano1) November 23, 2021
これを踏まえ、熊野先生はネット上に「メタ認知療法 うつと不安の新しいケースフォーミュレーション」を無料で閲覧可能にしてくれております。「良識ある活用を」ということで、ありがた~く皆さんも拝読させていただくとよろしいかと思います(個人的には、巻末の方にある付録の充実さ、使いやすさ、障がいに応じた治療プランは特にすごく勉強になりました)
実践報告書の見本とフォーマットのダウンロードはこちらから…!
実践報告書の見本のPDFとフォーマットのPDF・Wordデータは下記からダウンロードできます。
もし、自分の事業所で使いたい…!って方はご活用ください。
参考文献
https://www.youtube.com/watch?v=uRs3sjGc1qM
http://hikumano.umin.ac.jp/hosei/CBT8.pdf
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_compel.html
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-003.html
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/51/12/51_KJ00007628988/_article/-char/ja/
http://hikumano.umin.ac.jp/hosei/CBT8.pdf
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_compel.html
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-003.html
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/51/12/51_KJ00007628988/_article/-char/ja/
リンク
リンク