おそらくこのブログのお読みの方の大半は障がいのある方と何らかのかかわりをしているかと思いますが、当事業所にもおられるように、自傷行為を行っている、行っていた、これから行いそうな方がいるかと思います。
ただ、この辺はデリケートな部分なのもあって支援による介入が難しかったりするんですよね。
記事にもしづらかったんで、今まで書いてこなかったんですが、障がい福祉の研修などでもほぼ見かけないんで、今回、書いてみようと思います(もちろんエビデンスベースで)



「自傷行為」とは何か…?

そもそも「自傷行為」とはどのような事を指すのでしょうか…?
そこでまず参考にしたいのが2003年のオックスフォード大学の研究になります。この研究によれば「自傷行為」とは、

  • 自殺意図の度合いやその他の種類の動機に関係なく、オーバードーズ(薬物の過剰摂取)や自傷行為(リストカットなど)を含む全ての意図的な行為を表す

としています。
そして2002年のノルウェー科学技術大学の研究2008年のゲント大学の研究なんかを見てみますと、上記には、自殺未遂のような自分の死をもたらす意図的行為、自分の死をもたらさない意図的行為、それらが合わさった動機を持つ行為も含まれるんだとか。
更に1969年の研究にある「パラ自殺」っていうものも同じ範囲の行動を含むとしております。但しこの辺は複雑でして、例えば弁証法的行動療法(DBT)で有名なマーシャ・リネハンの1991年の研究によれば、「パラ自殺」は、アメリカでは、特に自殺意図のない自傷行為を指すのに使用されているとのことで、ごちゃごちゃになりやすいことから、イギリスを含む他の国々ではほとんど使われなくなっているそうな(確かに日本でも「パラ自殺」って聞きませんよね)
更に更に複雑なのが精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)ではこの自傷行為を2つの種類に分けていることです。その2つを一応挙げておきますと、

  • 自殺行動障害(SBD):自殺する計画を立てて実行した場合に下される障がい
  • 非自殺的自傷行為(NSSI):自殺意図のない自傷行為

となっております。そしてこれら2種類が自傷行為に含まれるとのこと。
但しこれまた訳が分からなくなる要素でして、2013年の研究なんかでも、多くの研究者や医師は、やや誤解を招く分類であると考えているんだとか。
こんな感じで掘り下げていくときりがないんで、

  • 自傷行為は、自殺の意図を持たずに自分自身に身体的損傷を与える行為

と覚えておくと良さげです。
具体例としては、自分で自分の体を切ったり、自分で引っ掻いたり、自分で殴ったり、わざと薬物を過剰摂取してみたりなどとなります。



「自傷行為」はどれぐらい起きているのか…?

続いて自傷行為がどれぐらい起きているのか見ていきます。
まず結論から申しますと、

  • 若者や成人のかなりの割合が生涯にわたって自傷行為を行っていた
  • しかも癖になる可能性も高かった

そうです。
いくつか例を挙げておきますと、


って感じです。
自傷行為は若者や成人で行う可能性が結構高く、また、繰り返してしまう可能性も高いみたいです。



なぜ「自傷行為」をしてしまうのか…?やめられないのか…?

ではなぜ自傷行為をしてしまうのでしょうか…?
次は原因について見ていきましょう。
まず参考にしたいのが2011年の安徽医科大学の研究になります。
この研究は、中国の8つの省にある中学校、高校、大学に通う青少年や成人した若者を対象にしておりまして、サンプル数は17,622人となっております。
そのうち、

  • 過去1年間で自傷行為をしたことがあると答えた学生は3,001人(17.0%)もいた

とのこと。
先程の研究同様、結構な割合ですね。
また自傷行為の回数についても聞いてみたところ、

  • 1回:742人(4.2%)
  • 2回以上:2,259人(12.8%)

って感じでして、やはりこれも先程同様、繰り返す傾向があったみたい。
そして本題の原因についてですが、かなり多岐にわたっておりまして、

  • 家族構成(主に両親)
  • 父親の学歴(特に大卒でない場合)
  • 家庭の年収
  • 喫煙の有無
  • 身体イメージ(太りすぎ)
  • うつ病スケールのより高いスコア
  • 無理なダイエット
  • アルコールの摂取

とのこと。因みに上記のいくつかは繰り返しにも影響があるそうです。
それでは、もう少し具体的な流れを抑えておきましょう。

2005年のオックスフォード大学の研究をみてみると、この流れが分かりやすくまとまっております。
その前に前提としてイギリスでも自傷行為はかなり問題になっております。なんでもイギリスの青少年の約7%~14%が人生のどこかで自傷行為をするみたいで、また、若者の20%~45%が一度は自殺願望を抱いたことがあったそうな。どの国でも深刻ですね。
では順番に流れを抑えていきます。
まず一つ目として自傷行為前に一般的な問題が起きます
当たり前ですが、自傷行為は急にいきなり出てくるものではなく、一般的な問題がこじれて起きる現象です。では一般的な問題とは何か…?ってことで、研究者によれば以下のようなことを言うらしい。

  • 両親とのいざこざ
  • 学校や仕事でのトラブル
  • 彼氏・彼女とのトラブル
  • 兄弟とのトラブル
  • 体調不良
  • クラスや同僚とのトラブル
  • うつ
  • いじめ
  • 低い自己肯定感
  • 性的トラブル
  • アルコールと薬物の乱用
  • 友人や家族の自傷行為の認識

確かに、項目の大半は一般的な問題やトラブルって感じですね。但し、皆さんも経験があるように些細なトラブルが大事になるケースってのは結構あるんで油断できません。
実際、二つ目として一般的な問題がこじれて自傷行為が起きます
これは、自傷行為が苦痛のサインである可能性が高い、又は嫌な状況から逃げる手段として行っている可能性が高いのが原因です。
もうちょい掘り下げますと、自傷行為の根底にある動機又は理由については下記のようなものが挙げられるんだとか。

  • 死にたいから
  • 耐え難い苦しみから逃げるため
  • 他人の行動を変えさせるため
  • 今の状況から逃げるため
  • 他人に絶望を見せつけるため
  • 他人への仕返しや罪悪感を与えるため
  • 緊張を和らげるため
  • 助けを求めるため

昔の記事に書いた「少年院の子どもに聞いてみた犯罪を犯した理由」に近い物を感じますね。確かに一瞬だけなら逃げられるのでそのような効果を期待して自傷行為を行う人がいてもおかしくないかと思います。
そして三つ目として自傷行為を繰り返します
上記にも書いた通り、自傷行為は一度で止められず繰り返す傾向がございまして、その要因としては、

  • 過去の自傷行為から
  • 人格障害から
  • うつから
  • アルコールと薬物の乱用から
  • 慢性的な心理的社会的問題と行動障害から
  • 家族関係の乱れから
  • 家族のアルコール依存症から
  • 社会的孤立から
  • 学業成績の悪さから

というものが挙げられるらしい。
確かにどれもトリガーとして有り得る話ですね。

実際、自傷行為をよくする人に見られる傾向を調べた2005年のオタゴ大学の研究2003年のマサチューセッツ大学の研究をみてみますと、

  • ストレスの高まり
  • うつ病の悪化
  • 不安感の増加
  • 帰属意識の欠如
  • 社会的孤立や孤独
  • 自尊心の低下

といった心理的社会的特徴が当てはまるそうなんで、さもありなんといったところです。



「自傷行為」の対策・支援の方法は何なのか…?

最後に「自傷行為」から抜け出すための対策や支援方法について見ていきます。
まず参考にするのが上記でも登場した2005年のオックスフォード大学の研究になります。この研究によれば、思春期の自傷行為に対する治療法として以下の物が有効とのこと。

【本人】

【家族】
  • 家族療法

【グループ】
  • 環境の変化(今の環境から距離を置く。例えばシェルターや一時的な代替宿泊施設の利用など)

なるほど。確かにどれも良さそうですね。
因みに研究者は特に問題解決技法(問題解決療法)をおすすめしておりました。
問題解決技法をざっくり説明しますと以下のステップを踏んで解決していく感じです。

  1. 取り組むべき問題を特定し決定する
  2. 目標を決める
  3. 目標を達成するための手順を考える
  4. 最初のステップとして、どのようなことをするか決める
  5. 進捗状況を確認する
  6. 進歩を妨げる心理的要因を対処する
  7. 次のステップに進んでいく

問題解決技法は専用シートを使うと良いと思います(下記記事からダウンロードできます)

次に参考にしたいのが2016年のメルボルン大学の系統的レビュー・メタ分析になります。
この研究は、1999年から2016年6月までに発表された成人の自傷行為の患者さんを対象にした心理的・社会的介入のランダム化比較試験をMEDLINEやPsycInfo、EMBASEで検索し、質の高い物をピックアップして結果をまとめてみたと言うもの。
最終的には36件の質の高い研究(総サンプル数7,354人)をまとめてみた感じで、その結果は、

  • 心理的介入+社会的介入が効果的だった
  • そのため通常の治療法にプラスして、心理的・社会的介入をするのが良さそう

ということでした。
では具体的に何をすればいいのかですが、

  • 対人関係に的を絞って、自傷行為の関係者(本人や家族、グループなど)に認知行動療法を行うのが良さそう

ってことでした。
これにより、苦痛を軽減し、対人関係スキルがアップするので、自傷行為の頻度や繰り返しの減少が期待できるそうです。
もう一つ2015年のコクランの系統的レビューも見ておきます。
これは成人の自傷行為に対する薬物治療の効果について、1999年にコクランが調べた系統的レビューのアップデート版でして、合計546人の患者さんを対象とした7件の研究結果をまとめてみたというものです。
んで、気になる効果をバーッと見ていくと、

  • 抗うつ薬:OR0.76、但し研究の質は低い
  • 低用量フルフェナジン:OR1.51、但し研究の質は超低い
  • 気分安定薬:OR0.99、但し研究の質は低い
  • 天然物(栄養補助食品・サプリメント):OR1.33、但し研究の質は低い

のようになってました。
つまり各研究の質が低い又は非常に低い、そもそも研究数が少ないって感じで、自傷行為の患者さんに薬物治療でどれが効くのか結論を出すのは不可能とのこと。
但し研究の質は低いものの、1件の研究ではフルペンチキソールが自傷行為の繰り返しに有意な減少効果があったみたい(OR 0.09)。とはいっても1件なんで、今後の研究で全然覆る可能性もありますので、自傷行為の治療にベストな薬は未だ見つかっていないみたいです。

最後に新たな治療法の視点もみておきましょう。
2016年のニューサウスウェールズ大学の系統的レビューでは、ウェブベースやスマホベースでの自殺予防介入の効果を調べておりまして、結論だけ書いておきますと、

  • 研究数は少ないものの、希死念慮やうつ病、絶望感といった主要なネガティブが大幅に減少していた

そうです。
まだまだこれからの研究に期待という感じですが、若者が困難な状況に対処できるよう、デジタルを組み込んだ新しいアプローチとしてよろしいのではないでしょうか。



個人的考察

2002年のオックスフォード大学の研究にもある通り、そもそも自傷行為をする人のほとんどは、自傷行為を認めることも、自傷行為をする前に助けを求めることにも消極的な場合が多いのが実情です。
確かに当事業所にいる(いた)方々も自傷行為の対策や支援に関して消極的な面が多かったですね。
その為、自分自身で出来る物や上記で挙げた新しいデジタルベースのアプローチなんかかなり良いんじゃないかな~と個人的に思っております。



参考文献